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2001 season 実体験レポート

ローマ・サンカルロ教会挙式、日本人初カップル!
運命の女性との出会いから最高に幸せな
イタリア・ウエディング&スキー旅行実現まで。
2001年4月20日/和歌山県・白浜町出身/栗原 稔男

 その無謀な計画は、約8年前ある無謀な南国スキーヤー(実は本人)の思い上がりから始まった・・・その男は社会人になるまでほとんどスキーをしたことがなかったのだが、そこは典型的O型・おひつじ座の彼の良いところ?スキーを履いて3年目にはステンマルクに教えてもらうために当時のヤマハのキャンプに単身乗りこみ、下手すぎてステンマルクの同情を買って手取り足取り教えてもらったのだ。そして彼は思った。「いつかヨーロッパに行ってやる。ふっふっふっ・・・」

 そして、そのころから彼の無謀なところには巧みに目をそむけ(?)、一緒にスキーに行ってくれる貴重な存在の女性が現れた。彼女もスキーは下手ではあったが、大好きだった。幾シーズンを一緒に過ごしたのだろうか。その中で二人が思い描いたのが「いつか一緒になる日がきたら、結婚式を兼ねてマッターホルンへスキーに行こう」であった。そして二〇〇一シーズン、これまでに何度も何度も口にしようとして言えなかった事を、彼はあるスキー場で告白したのであった・・・彼は思った「ヨーロッパでスキーが出来る!しかも一週間!!」。

 しかし、女心となんとやらは変わるもの。「せっかくヨーロッパ行くのに、何でずうっとスキー場にいかなあかんの!」とこれまでの計画がご破算になりそうな、あたかも上司のようなつらい返事。されど、「結婚式を含むとあらば、ここは奥様に花を持たせねば一生文句を言われる」と、本能のごとく危機回避能力が働き思い切って彼は提案した。「じゃあ、ありきたりの旅行じゃつまらないから、スキージャーナルに載っているイタリアスキークラブに聞いてみようよ」と(この段階で既に3月半ば過ぎ。出発は4月20日の予定なのだぁ〜)。

その夜、彼はEメールをイタリアスキークラブに送った。返事が来るまでにはさしたる時間はかからず、ダウンロードしたサン・カルロ教会の写真を見て彼女はいった。「絶対ここで結婚式をしたい。マッターホルンはどうでもいい!(おいおい、そりゃあ無いでしょう。しくしく。)」と。彼は何とかしてスキーをせねばと思い、やっとの思いで2日のスキー日程を捻出し全9日間の旅行の日程を決めるまであっという間であった。さらに、年度末・はじめの多忙期という事も手伝いあっという間に出発の日がやってきてしまった。インターネットで取り寄せたウエディングドレスは荷物になるし、当然スキーは重い。が、ハネムーンなのだ。心は軽い。

 長めの空の旅を過ごし、ローマのホテル「レジーナホテル・バリオーニ(ちなみに五つ星)」に到着したのは夜の事だった。時間がちょいと遅いめだったこともあり、ホテルで食事は出来そうにない。ホテルのコンシェルジェに聞くと、となりに「カフェド・パリ」があるという。「ん?」、彼はどこかで聞いた事のある名前だとは思ったが、初めてのローマで緊張していたのか頭から何の解答もなかった(映画「甘い生活」の舞台でしたっけ)が、初カプチーノを頂いた。部屋に入ると、さすが五つ星!イタリア的機能美にあふれた部屋で、しかも広々としていた。
サンカルロ教会での挙式の模様


 一夜明け、2日目。すぐに彼女は女性の儀式であるところの「ショッピング」にお出ましだ。「ひょっとしてこの人、これが一番大切な行事だったのでは??」と思わせる行動力だが、海外は2回目の彼女。とりあえず「イエス・ノー」は言っているが、語学がおぼつかない。そういえば昨日は空港の売店でとんでもない事(口止めされているので書けない)をやらかしたし、目が離せない。でも、お互いローマの町は初めてだし、ちょいと角を曲がればそこにもここにも美術の教科書に載っていたような彫刻が、建物がぞろぞろ。まるで街中が美術館であるかのような、そんな錯覚を起こす街だと思った。

 3日目はオプションのカプリ島「青の洞窟」ツアーであった。異常気象で寒かったこともあって洞窟には入れなかったが、結構楽しかったのであっという間に終わってしまい、いよいよ明日は結婚式!

 そして、メインイベントの4日目がついにやってきた。朝から現地駐在の日本人スタッフ(通訳兼任の女性。ちなみにご出身は大阪だそうで。)とオプションでお願いしたヘアメイクとメイクのスタッフ、合計3名がついてくれた。駐在の方によるとこの二人はかなり腕が立つのでリクエストがあれば応えてくれるとの事。彼女はそっと「きついアイラインを入れて、タヌキみたいにしないでください」と告げた(駐在の方がどうイタリア語で説明したかわからなかったが、可笑しかった。)。その間彼は結婚式にまつわるオプション代金の両替に銀行へ!と意気込んだのは良かったのだが、悲しいかなここはヨーロッパ。それなりの額を替えてもらおうと思って行くと、「NO」と言う。「??なんでぇ〜」。ベネト通り沿いに銀行を2件「はしご」したが返事は同じ。「時間もないし、こうなったら両替所でやっちまおう」と思い、直行した。「すみません。このお金全部リラに替えてください。決して怪しいお金ではないです。今日、これからサン・カルロ教会で結婚式をするのにどうしても必要なんです。」とお願いすると、両替所のシブイめの叔父さんが「OK」とリラに換えてくれた。これで準備は整ったはずだ。

 ホテルの部屋に帰るとタヌキではなく、ナチュラル・メイクのお手本のような仕上げ!の花嫁がいた。彼女もテンションが上がってきているようだった。そこへ、これまたオプションの撮影舞台(写真・ビデオ)がメイクのスタッフと入れ替わる形で登場。一気に気分は盛り上がった!ホテルの階段を下りるところから撮影が始まり、ホテルでの撮影は打ち合わせどおりスムーズなものだった。が、撮影スタッフはイタリアンらしくノリノリで、いろんなポーズを要求してくる。「えーい、ここは日本と違うから何でもやってやるぅ」と彼の頭は「ハジケて」しまったが、これがかえって撮影スタッフのハートに火をつけたのか、要求が激しくなったような気がした。

 迎え(黒ベンツのリムジン!)が登場し、いよいよサン・カルロ教会へと向かった。神父様はとっても優しそうな笑顔で我々を迎えてくださった。ステンドグラスやヨーロッパでもそう何台もないであろうパイプオルガンの音色が荘厳な雰囲気をかもし出す・・・彼と彼女はあの感動は生涯忘れないと心に誓った。
サンカルロ教会での挙式の模様


 式が終わり、神父様は「あなた達がこの教会で式を挙げる最初の日本人カップルです。私もこの日に立ち会うことが出来て光栄です。将来、2世が誕生したら必ず私のところへ連れてきてください」と声を掛けてくださり、熱い握手と共に約束をして撮影再開!そのまんまの格好で「トレビの泉」に向かい、なぜか石段に片足を乗せた「裕次郎スタイル?」を要求された。彼等の頭の中は「日本人男性=裕次郎」なんだろうかと思ったが、さすがに観光スポット。多くの日本人の方々から声を掛けられたのでしょーもないことは考えない事にして裕次郎スタイル&スマイル(?)を決めた。泉を背にしてコインを投げ込みながら撮影をしてもらい(実はここが一番ローマで気に入ったところ)、スペイン広場へ。ここでも日本人から声を掛けられるのみならず、「アオゴゥーリ(アイスバーンの事か?と思ったがイタリア語で「おめでとう」の意味)」と声を掛けられ、「グラッツエ」と声を返した。「ああ、イタリアなんだ。ローマなんだ。」と午後の日差しを浴びながら彼は感慨深く思った。

 この数年仕事が忙しかった分、余計に感慨深かった。だから、午後のスペイン広場にたくさんの日本人観光客がいても、撮影スタッフのリクエストに応じて何も考えることなくキスが出来た(彼女には多少嫌がられたが)。ホテルへ帰る道中撮影スタッフが車の中で「君は日本人じゃぁないみたいだね。どんなポーズを要求しても堂々とやってのける。俳優みたいだ。(誉められたのか、ばかにされたのかは定かではないが、一応誉められたと思っている)」と声をかけてきた。そして式が終わった。はっきり言ってこの両オプション、サイコーにイケてる。写真にはネガもつけてくれるし、記念写真を焼き増しするにも役に立った。後日送られてきたビデオもサイコーだった。ちなみにこの翌日の市内観光時に、他の日本人カップルの結婚式を見かけたが、タヌキがいた。メイクもお国柄があるようだが、日本人には・・・
式を終え、写真撮影へ向かう

 5日目は市内観光を決行。サンピエトロ寺院もすごかったし、真実の口はひょっとして「手が抜けなくなる」かも?なんて思いながら、タクシーと徒歩でうろうろした。明日はいよいよ、チェルビニアへ!ローマ最後の夜(雨が降っていた)を記念して、ホテルのコンシェルジェに「この近くでガイドブックに載っていない美味いパスタとピッツァの店を教えて欲しいと頼むと、すぐに教えてくれた。これまで生涯食べたパスタの中で最高だった。出来るならもう一度味わいたいと二人は思った。

〜中略〜
スキー実体験レポートは「イタリアスキークラブ」 の
ホームページにて紹介

 9日目。日本に帰る日。空港で、パイロット組合のストライキに巻き込まれ、結局8時間近くフライトが延びたなど、最後の最後に多少トラブルはあったが、生涯最高の休日をお世話になったイタリアスキークラブの皆さんに感謝。ローマであった人々に感謝。チェルビニアであった人々に感謝。
 最後にはなはだ蛇足だが、トレビの泉で「ローマにまた来られますように」と思っていたが、どうやら近々になりそうだ。彼女と僕のジュニアが最近授かった。神父様との約束は果たさなくてはならないだろうと思っている。その節には、再度イタリアスキークラブのお世話になりたいと思っている。

2001年4月20日  栗原稔男



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